呉服屋の押し売りと着物業界の矛盾

つい最近、以前お世話になった呉服屋さんがお店を閉めてしまわれたとのこと。
そのことを伺い・・少し複雑な気持ちになりました。

前述に「お世話になった」とありますけれども、それは必ずしも感謝の気持ちを込めてのものではなく、むしろあまり思い出したくないことの方が多いように思われます。

その呉服屋さんに初めて伺いましたのは今から6年ほど前のこと、何かの催しに惹かれ足を運びましたが、その会場に足を踏み入れた途端何人かの店員さんに囲まれ「とにかくこの着物をあててみてください」と。
言われるがまま着物を肩に掛けられ帯を締められ、その他様々な和装小物が周りに置かれ始めました。

「まずいな」と思ったときには既に遅く、気がつけば店員さんの手には電卓が握りしめられ勝手にローンの計算を始めている様子。
その様子を見て何かおかしいと思いました。
こちらは買う気持ちなどないわけです。

なのに周りは「買え!買え!」の大合唱。
「今は買う予定はありません」などと言えば「将来的に必ず必要になる!」と。
「お金の都合がつきません」と言えば「ローンがある」と。
「主人に相談しませんと」に対しましても「内緒で買えばいい」と。

それでも買うつもりは無いと申しますと「こんなに親身になって言ってやってるのに」「何も知らないあなたにこうやっていろいろと教えてあげてるんですよ」と。
・・その様子を見まして、このお店の方々は一番大事なことを忘れておられるように思ったのです。

女性は、自分の本当に気に入った着物でしたら少々の無理をしてでも買いたいと思うもの。
もっと言えば、女性が呉服屋さんに足を運ぶとき何を望んでいるのか、それは「美しい自分を発見してみたい」ということではないかと。

自分にはどんな色の着物が似合うのだろう、着物を着てみたら自分の美しさを発見できるかも・・と心の何処か華やいでくるものなのです。
その心を十分に受け止め、提案していくのが呉服屋さんの本来のお仕事ではないかと。

その時いきなり肩に掛けられたお着物は鮮やかな水色、とても40代中頃の女性には着こなせないようなものでした。
いえ、もっと言いますと自分の好みのものでは全くなかったのです。

今のような時代、一体誰が自分の好きではないものに100万近いお金を払えるでしょう。
本当はすぐその横に自分の好む白茶の訪問着があったのですが、何もこの呉服屋さんで購入する必要もないと判断し、そのお店を早々に退散いたしました。

その後京都の老舗の呉服屋さんにて自分の好みの着物と出会い、そのお店の方に着物の美しさ、楽しさを教えていただき、何よりそのお店の方の着物に対する深い愛情の念をかいま見まして、それからはずっとその老舗の方にお世話になっております。

着物業界の矛盾を見せつけられましたのも呉服屋さんであり、逆に着物の奥深さ、美しさを教えてくださいましたのも呉服屋さんであります。
願わくば・・全ての呉服屋さんに対しまして、着物の美しさを数百年の後にも伝えてくださるようなそんなお店であってほしいと思います。

参考:福山市の着物買取でおすすめはどこ?